Ayanogi&Saarahat ACADEMIC DRAMA lab. 参加者の声『私にとって、演劇とは』
Ayanogi&Saarahat ACADEMIC DRAMA lab.にご参加いただいた皆様からのご感想を一部ご紹介いたします。
一年に一度の募集となります。ぜひこの機会にご参加ください!
★ 2026年4月開講 詳細
Ayanogi&Saarahat ACADEMIC DRAMA lab. 2026年度生 初の一般公募
★ Ayanogi&Saarahat ACADEMIC DRAMA lab. 締切迫る!
~皆様へのメッセージ Saarahat&Ayanogiより~
『私にとって、演劇とは』参加者からの声
私にとって、演劇とは。人生を豊かにするもの。
一年間 DRAMA labに参加したことで、
自分の心理を知り、行動の癖に気づき、感覚を磨き、身体と心とスピリットを繋いで現実的に変化してゆくため、また周囲との関係性を学んでゆくための濃密な体験がもたらされました。
喜怒哀楽、崇高さと残忍さ、静けさと激しさ、男性性と女性性、楽しさと面倒くささなどなど、様々な対極とも取れることを濃縮してその場で経験できることは、演劇ならではの醍醐味なのではないかと思います。また、言葉や音の捉え方、自分の発する声、自分が立つべき位置、次の一歩をどこに進めるかなど、日々何気なくやってきたことに意識を向け、それらが力を持つとどんな変化が起きるのかを経験することができました。
毎回驚くほどに気づきがあり、充実した時間を過ごせて幸せ!この学びが日常にも波及しているのを感じます。DRAMA labに参加できたことに感謝です!
自分の殻を破って、役としての新たな自分を表現することはとても勇気のいることです。
私にとって演劇とは、愉しむこと。
1年間「ロミオとジュリエット」の演劇ワークに参加しましたが、参加する前はもっとがっつり「演じる」ということをやるのだと思っていました。
実際には、台詞の掛け合いに至るまでの下準備に丁寧に時間をかけていただきました。
終わった今、改めてなぜその時間が必要だったのか考えてみましたが、それはシェイクスピア作品の登場人物がみな本心で生き生きと生きているからこそそこに近づくため、私たちも自分の「本心」に気が付けるような色々なワークに取り組むことになったのかなと思います。
自分の本心はどうなのか?という意識を自分に中に持てるようになったことが何よりの収穫です!
嘘くさいことを発言しようものなら、彩乃木さんはすかさず突っ込んでくださいます。
驚くほどに自分で自分に嘘をついていることにはなかなか気が付けないのです。
本心を伝え合える神聖な場の中で、自分を深めることができました。
他ではなかなか体験できない貴重な場だと思います。
私にとって演劇とは、苦行であり享楽である。まさにオクシモロンだ。この苦行を乗り越えた人しか、この享楽を味わうことはできないだろう。
DRAMA lab.は
自分と向き合い
自分を知り
自分を受け止め
自分を理解し
本来の自分を体現するためのプロセスを 自分の体・感覚を通して学び合える場となっています。
例えば「 感覚」。
体・ 細胞が どう感じているのかから始まりそこから感覚が 洗練されていく経験をしています。
動機がなかったり、動機と行動に齟齬があると、違和感を感じるようになり そこからなぜ違和感を感じるのだろう?と疑問が出てきます。この違和感を拾い上げ 、それを次に繋げるためには どうしたらいいのか?と問いが始まります。
そこには自分の感覚を信じるという大切なプロセスがあり、「無意識な自分」「 自分のパターン化された癖」が演劇ワークの中に出てきます。
このようにして自分と本当に向き合う課題が浮き彫りになったり、思ってもみなかった自分の新たな発見があったりします。
そして仲間との関係性や役を演じることから、その場のエネルギーやそのエネルギーの変化を感じ取れる様になったり、遊び心を持って挑戦していこうというモチベーションに繋がったりして、日常生活でこの感覚を感じ取りながら 自分で主体性を持って選択することに繋がってきていると思います。
私にとって演劇とは、「自分というものに気づかせてもらえるツール」です。演劇ワークでいかに私の思考が、社会的概念やプロパガンダで作られているのかということを知ることができました。「こういう時は、こう考え、このように行動することが正解。これで上手くいく。」という感じで、今までこの社会でそれなりにやってきました。しかし、自分の本心で思考し行動できていないことで、マンネリ化した現実が続き、同じような現実が次々現れます。限界を突破できない。新たなポテンシャルを開花できない。そんな迷路のような日々を生きていました。
演劇ワークを通して、自分の思考の癖や行動のパターンが明確になりました。それに向き合うことは、割と、いや、かなりハードですが、自分の知りたいという欲求には勝てず重い足取りで参加し、帰りは知ることができた満足感で足取り軽く帰るといった一年でした。今後は、自分の思考と行動を一致させる。相手との関係性の中で自分を表現(演じる)ことを目指したいと思っています。
あきらめと無気力と内側の分離感によって表現することへの抵抗がありましたが、彩乃木さんのコミットを演劇を通して受け取ることで深淵に自分を観察し、仲間から洞察を得られ、果敢にチャレンジできた環境でした。
変わることへの恐怖から執着していたハリボテのアイデンティティと価値観を手放し、身動きできなかった枠から外に出る選択と行動ができました。
私にとって、演劇とは。
心の奥に仕舞い込んだ過去の蟠りに気づき、新たな視座を得られた場所です。
演劇を始めた1年目は、そんなことが起こるとは思ってもいませんでした。
2年目に入り、お芝居を立ち上げていく中で、悲しいわけではないのに涙が出たり、殺すシーンでは震えるような怒りの感情が湧いてきたりしました。
今から思えば私の中でアンバランスだった男性性と女性性の解放が起こったのだと思います。
擬似的に自己の闇と対峙することで、過去の囚われから解放され、より高い視座を獲得することが関係性を通して体感できる唯一の場だと感じます。
一年間演劇ワークを体験しただけでは、簡単に語れるものではないことがよく分かりました。
ただ、とても楽しく充実した時間を過ごすことができたと、今も余韻に浸っています。
毎回の綾乃木メソッド(勝手にそう呼ばせていただきます)が楽しみで、クラスのみんなのエネルギーが融合して心地が良かったこと。
そのエネルギーの中では自由に自分を表現できていると感じたり。
一年前と今では、住まいも家族も同じなのに、違う環境に生きているようです。
それというのも、毎回の全体テーマを意識して毎日暮らしているからなのか、
自分の世界線が変わったと感じます。
私が特に心に残ったテーマは
「愛を生きる」「鏡を楽しむ」です。
これからもこのテーマを常に頭のてっぺんに置いて生きていこうと思います。
全く捕らえられないけれど、とても気になる得体の知れない生き物のようです。
その日その時その場で、仲間と創り出す体験からそう感じました。
そして役を通して知る自分は、まだまだ得体が知れないと感じ、それを少しでも知りたくなります。なので、学びはつづきます。
私にとって演劇とは、新たな現実の世界に飛びたつための架け橋です。
この先の自分にどんな可能性があるのだろうか?という諦めきれない思いがありました。
最初はできるだろうか?という不安があり、霧の中を歩いているように何も見えませんでしたが、ひたすら目の前の課題に取り組みました。
肉体の不調和に気づき整えたり、音をクリアに言うこと、本心で言うことなどを意識することで思考が変化していきました。
現実の世界でも新しい出会いがあり、トライ&エラーを繰り返していました。
途中では成長の自覚があまりありませんでしたが、一年間が過ぎてみると環境や人間関係の変化、自分の行動の変化に気づきました。
今まで通りのパターンから抜けて、新しい選択をしているかもしれません。
自分の声を聞き、新しい私になり羽ばたいて行こうと思います。
私にとって、演劇とは。
等身大の自分を目の当たりにする場
自分と向き合う場
他者と向き合う場
空間をより敏感に捉えることが出来る場
自分の肉体に意識を向ける場
声を聴く場
様々な視点を同時に持てる場
自分を変える場
色んな意味があって、まとめることが出来ないけれど、それだけ色んな要素を含んでいるものなのだと思う。
私たちは、多くのことを座ったまま、沈黙の中で学ぶ。けれどそれは、ただ「識った」だけで、「わかった」わけではない。演劇の場では、全身の細胞が目を覚まし「わかった」か「わからない」かを、叫びはじめる。目が、耳が、喉がひらき、足の裏が大地を思い出す。そうして少しずつ、自分という器が「使える」ものになってゆく。そのとき初めて、自分が何ひとつわかっていなかったと、わかる。
體で人と感じあい、愛を生きるとは、現実にはどういうことか。動き、声を発し、自分を阻んでいるものに触れてゆく。古いパターンが燃え、新しい神経が編み直される。私にとって、演劇とは、地上の星として生まれ直すプロセスそのものだ。宇宙の秩序を體で表し、まっすぐに他者と関わり、美しく輝く星座となって生きるために。
私にとってDRAMA lab での演劇は、私の命を輝かせてくれるものです。私自身の現状に気づくことで本来の可能性に導いてくれるものです。一緒に取り組む仲間との学び合いは何ものにも替え難い貴重なもので、私が気づくことで家族や友人とも以前とは比較にならない程実のある関係性に変わって来ています。そんなことは私にはムリ!と思うこともありますが、取り組むほどに楽しいという実感です。
自分の凝り固まった固定概念からの脱皮と、役の中に動機と目的が常にあり、偉大な先人の突き抜けるエネルギーに触れる事ができました。人間本来の真の欲求を体験して、引き出してくれるのが演劇だと思いました。
役を通して、自分が気づいていない癖やパターン、人との関係性の取り方を浮き彫りにしてくれるもの。
演劇の場を離れた日常でも、本心と発している言葉と身体感覚のズレに気づくようになるので、その齟齬を縮めるために実人生でどうしたいのかと常にずっと問いかけ続けてくれるもの。
私にとって必然的にシェイクスピアの作品が目の前にあった意味、愛というテーマをずっと扱ってきた意味がようやく理解できた。
人としての原初の衝動にアクセスできるものだと思う。
